日常に潜む恐怖 (幼児時代とのリンク) その2

ハードルが1セット、増えました。手前、右、奥、左、手前、右、と6回跳ばせて終了です。オイはこれがやっと跳べるようになりました。
本犬、やる気はありっ!
しかし風に匂いを取ったり、音に反応して、純粋に作業に集中出来ない
自閉症の大学教授が、動物の感じる恐怖について書いた本がある。人間には大した事でもない水溜りも、牛の目にはこんな風に映る、などと案内書きにあって、是非読みたかったけれど、今は私の心の中の刺激してはいけない感情を突付くと思って、購入しなかった。いつか、自分にOKが出せたら読もうと思う。
でも、ちょっと待てよ。私はここで何万回も書いているけど、気が小さい。気が小さいと言うと、大抵の人は『私も!』と優しく同調してくれる。でも私の気の小ささは筋金入りよ。あなた達のとはちょっと違う、ふふ、と思う。
幼稚園の年少組みで、『今日、牛乳を溢した人には、酷い罰を与えますよ』と言った先生の言葉の呪いにかかり、気の小さい私は、その日、コップを落とし、誰もいない園庭に放り出された − これは以前書いた。
で、これはそれから少し大きくなった年中組みさんの時の話。
この日、先生は『お昼ごはんの前に、今日は注射ですよ〜』と言った。私はその瞬間から、真っ青。世の中の全ての不幸を一人で背負った4歳児になった。トランポリンで無邪気に遊ぶ友達が、みんな愚か者に見えた。どーして、絵本なんか読んでいられるの?ブロックになぜ、神経が集中できるの? みんなバカなの?平気なの?
やがてお注射の時間になって、ホールに整列させられた。私は3月末生れなので、名簿が末尾。しかし、恐怖に堪えきれずにワンワン泣き叫び、お医者様が『これだけ泣いて興奮していたら、危険です。先に済ませましょう』と、小魚の列の中から引き摺り出され、真っ先に餌食になる羽目となった。
腕が強張ってしまったせいで、針が刺さると、血が花火のように吹いた。お医者様は、しまった、と、もう1度やり直して、また花火になった。(と、私は記憶している)
お教室で先に休みなさい、と言われ、先生は特別に私のために牛乳を温めて下さった。しかし私は当時から温めた牛乳が大嫌いだったので、まさに泣きっ面にハチ。人生で最悪の日、年中組みで、再び!だった。
結局あのクラスの中で、私ほど気が小さく、怯えて興奮した子どもはいなかったのだよ。
母親の育児日記を読んだ事がある。自分は幼児の頃、大人たちから“ちゃあちゃん”と呼ばれていたらしい、それを読んで知った。
この日記のエピソードに、両親が私を使ってした実験が書かれている。部屋の真ん中にハイハイの出来るようになった私を置き、障子をガタガタ揺らして、幼いちゃあちゃんが、父・母、どちらの胸に逃げ込んで来るかを2人で試してみたらしい。
結果、何回やっても日頃べったりだった母親ではなく、私は父親に向かって、必死こいてすがった、とある。
この感覚、今でもすごく良く判る。
大学教授までいかなくっても、犬の気持ちを知る上で、私のこの幼児期に体験した恐怖の記憶とは、ものすごく役に立たないだろうか?
お注射と聞いただけで、ブルブル震え上がった自分の姿と、そろそろ鬼の時間ではないか?と怯えるオイの姿が、あまりにだぶる。
そう考えたら、幼児期の子どもという生き物と、犬とって、とっても良く似ている気がして、どんどん思い当たることばかり。買い物帰り、考えが止まらなくなってしまった。
『バケ猫は、こわいにゃぁ〜』
JO母の思うこと | Comment(6) | Trackback(0) | Top ▲

