スピリチュアル・メッセージをこう感じた (その3)
病気で亡くなった日本犬のコが、『もう立ち耳と、この巻かれた尻尾には、う〜んざり!今度、生まれ変わる時はね、絶対、カッコいい洋犬になって産まれてくるんだいっ!』 悲しむ飼い主さんとは対照的に、今後の夢を非常に明るく前向きで語ったと言います。
犬っていうのは、それまでの誰が語るものより、遥かに超えた生き物のようです。オイも、何てこともない平凡な犬ですが、少なくとも私は超越しておった。私は犬の真実に一番近いトレーナーさんから、指導を受けたと思っていますが、そこで感じたものと、少し違ったニュアンスのものを、ここで感じたことも事実です。
昨年、指導を受けていたドック・トレーナーさんの道理・理論には矛盾がなく、本当に感服したし、何とか自分もそうなりたいと思いました。しかし、途中から、トレーナーさんの言葉が解らなくなりました。
犬の本性とは『下克上』であり、そんな野望を犬から捨て去れる間柄、氷点に何とか達したかった私達。そのために、犬の本能に従って、太陽を止めて北風を吹かすことを心がけ、その結果、オイは(以前より)目覚しく良い犬に変りました。
しかし、直接指導を受けることをやめたせいもありますが、途中からその大原則では語れない、微妙なところがさっぱりわからなくなった。そこが解らない私には、『まともな人間でない』というようなエキセントリックな言葉が、何度も使われたように思います。実際には大原則さえ守れずに、気が抜けてたりしたんだけど、その言い訳は、まぁ、ちょっと横に置いておく。
ここで再三、非難された私の無理解が、同時にスピリチュアル・メッセージによって伝えられたオイの冷めた気持ちを作り上げてしまった原因の1つなのでしょう。
しかし、そうは言っても、何が答えだか解る?
答えはわかったとは言えないのですが、今回のことで、少し消化が進みました、 自分の中で。
誰かの真似をしていても、自分というものは成長しないんですな。『谷亮子』を真似してたって、オイのヤツに見抜かれて、しかも温かい心で受け入れられているなんて、けっ!バカみたいだぜ、自分!です。そして、『谷亮子』と『そうありたいと願ったトレーナーさんのイメージ像の模索・猿真似』と一体、どこがどう違うというの?です。
結局は、向き合うべきは自分の心なんです。
『犬は心の鏡』が、また違った意味を持ち始めました。トレーナーさんの語る『人間考察』とは、それは、真実ではあっても、その場合おいて真実だと言いきれる根拠や自信というものが、どこから来るのか、私にはさっぱりわかりませんでした。
でも、これ。言葉を落す心の場所が、違ったんですわ。
人は人の心・本質など変えようがない。変るとしたら、他者ではなく、本人が変えてるのですわね。『彼女はそういう考え方をした』『彼女は彼女の辿った道を語った』『彼女は私に必要だと感じたことを伝えた』同じ道を歩もうとするならば、非常に参考になることを彼女は与えてくれた。 でも最初から、鋳型の先行であっては、いずれは、どこかで破綻。
もうすでに私は切磋琢磨せずに、ゆる〜く、程良く行く道を選んでしまったのですが、自分達に良かれと思うことは自分なりにやっています。
そんなある日、『遊んでやるぜぃ〜!オイ!』と息巻いていたのに、雨で延期になったことありました。自分にも犬にも、更に抑制がかかりました。
そして、その翌日は、とっても美しい日になりました。ニセアカシアの花の香るなか、強く希望をするので、茶色に濁ったガンジス川もどきで沐浴です。
ぽっつりグランドは、一瞬ですが、風が吹いているのにも関らず、空気の濃度の高いような、とろりとした不思議な感触がありました。
長い間、まったくわからなかった、『正解』『不正解』はどんな『能力の低い人間』にも『それなりに』用意されているもので、無いものを出せと言われているわけではなかったように感じました。
トレーナーさんのキツイ言葉をまるっきり無視して、自分に北風を吹かすことを止めてしまっていたら、こういう気持ちも味わえなかった。素直に感謝の心を持ちました。
そしてトレーナーさんは、私の心から離れました。

