犬を繋留することのメリット 補足 その7
・・・・というタイトルですが、犬の庭での繋留をお薦めするわけではありません。念のため。
N先生の指導を受けて判った事(自分なりの理解という範疇で)と、オイの変化に、庭での繋留が影響したと思われることを記載しておきます。勘違いもあるかも知れぬ。
● オイの吠えは完璧に治まった訳ではありませんが、手の付けられなかった興奮や、神経過敏も大分治まりました。
先日、偶然空き地でシツケ教室のE先生と会って、話していた時、ノー・リードのコリーがフラフラと先生のG・シェパとオイのケージに近づきましたが、ウォンと1回吠えただけのオイの方が、ずっと態度が宜しかった。
繋留によって、通りを歩く人や犬に神経を尖らせる業務からオイは解放されました。それがあのコの頭を少なからず冷静にさせることに役立ったのは、間違いないと思います。
● 矯正最初の頃、オイが通りを散歩中の人と犬に吠え掛かってしまった事がありますが、この時のN先生の言葉は、『犬に吠え掛からせるも、噛み付かせるも、飼い主の緊張感の無さは一緒』でした。これにはグウの根も無かったことを覚えています。
また私は不注意から、オイにソルダムの種を飲み込ませてしまって、獣医に行く羽目にもなり、非常に気を揉みました。フリーにされた矯正中の犬に、人がいつも緊張感を持って、注意を払い続けるというのは、殆ど不可能に近いと思います。
● また、オイをもっと早くから適当に離れた距離に置くことを心掛けていれば、数々の酷いイタズラや失敗でオイは叱られることもなく、人間に対して嫌なイメージの刷り込みも無かった。オイが人間不信になっても当然だったと思う思い出、多数。
● 今では忘れそうですが、オイは『呼ばれても来ない犬』でした。
人間側としては、呼んでも来ないよ、チェッ、気分の悪い犬!程度でありましたが、犬の潜在意識の中には、あの人に呼ばれても行く気がしない。 → それがまかり通る → そんな事も私にさせられない無能なあの人 → 言う事聞く価値無〜し、の構図のおさらいを毎日毎日、オイに欠かさずやらせていた事になります。
なので、コマンドの失敗はあってはならない事です。
これは本当に難しいんですよ。最初の頃は、犬も簡単に言う事など聞きゃしないので、お味噌汁が沸騰して煮詰まろうが構やしないと躍起になってやります。そのうちに犬は当たり前のように従い始め・・・しかしヒョッと隙を突いてくる。格闘家で言えば、オイの方が絶対に格上で、繋留無しでは飼えないとさえ、今の私は思います。
● また、オゥシーという犬種は外飼いにふさわしいこと。
● 音などの外の環境に慣れることなどもあります。
● 犬と一緒に旅に出たり、外出するのであれば、犬を繋留する機会は意外と多い。その時に、不安な場所でいきなり慣れない繋留をするのではなく、もっと落ち着いた家の中や庭で、少しの時間の繋留から慣れさせておく。
● ご近所のご年配の方には、勝手に門越しにオイにオヤツを与える方も数人いらっしゃいました。アンパン、さつま揚げなども与えられたと聞きました。自分は酷い飼い主だったと思います。
● 庭の繋留には、日射病の心配や、思わぬ事故、距離が離れることで犬の異常を即座に発見しずらい欠点もあると思います。
最後に。
親バカの飼い主には、今まで与えていた快適な生活を、犬はどれだけ恋しがっているだろう、『なんで?』と、人に裏切られたように感じていないだろうか?と胸が痛みます。刑務所に送られたパリス・ヒルトンとそのママの後悔に似ていますね。
それを抑えて
『お前は庭で過ごすのが当たり前』くらい、いつでもリーダー然として犬を迎えるのでなければ、繋留はするものでない。犬が理不尽さを受け入れ、やっと芽生えさせたものを台無しにしてしまうのなら、何もしない方が良い。
犬のシツケ・訓練とは個人実力主義であったなぁ〜。
だから繋留や我慢の停座のメリットを書きましたが、どれも、『誰にでも簡単に出来るよ』というお薦めではないのです。まったく。
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