愛想無しの犬を良しとする その2
例えば、犬と遊ぼうと目的地に到着し、何となく『今日の犬の状態は良くない』と感じて、何もせずに家に引き返したり、内容を変更するって出来るだろうか?犬の期待を押し込め、ケージを閉じる。それは簡単な事?いまだに私にはとても難しい。
『可哀想すぎるよ』そこで犬の悪さを見て見ない振りをする事もあるし、楽しく暴れて遊ばせて、ストレスを発散させてやりたいという思いも、心の奥底に未だに根付いている。
訓練や遊びで関係を劇的に改善できるのではないか?という期待感もあるし、精神的に犬がひねくれてしまうという心配も。運動面も配慮せねば。(これを全て、心の醜さがそうさせるのだとしても結構よ)
私が最近で『失敗した!』と思ったのは、そういう悪さを薄々感じるオイとフリスビーをして遊んでいた時のこと。フィリスビーを咥えて、突進して戻って来たオイが、私の両脚の中をすり抜けて行った。たった1回ね。それだけ。
自分は充分“気”を張っていたつもりだったけれど、オイの“悪のウィルス”の方が、ずっとそれより勝っていた。あの突進はあのコの仕掛けた勝負だった。なのにそれにすぐに気が付かなかった。
次に戻って来た時、オイは、素直にフリスビーを渡さず、私の手元でサッとそれを引き、『取ってみなさいよ』をやらかした。あからさまな挑発。ここまでされれば、私だって判る。逸走やらコマンド無視やら、大きな問題に繋がる芽を摘んでしまわねば!
その場でかなりキツク叱ったつもりだったが、その数日後にもビニール・ボールが唾液で滑って指が掴み損ねた時に、オイの歯はボールを放すのを僅かに遅らせて、性懲りも無く、まだその機を覗っているのに驚いた。
結局、それが修正できたのは、ボールで遊ぶことを辞めて、遊び道具にハードルを選択した時だ。自分がボールで遊べる事が『当然』と考えるのは、とんでもない勘違いだよ、オイ。
しかし最後のボール遊びから何日も経過していると言うのに、不機嫌そうにハードルを跳ぶオイも意外であり、こちらもそういうオイに失望し苛々した気持ちを押さえ込まなければならなかった。
そのうちハードル跳びの何かが出来たので、『良し。良いコ』と言った。その瞬間、オイは車の下に落ちていたサッカー・ボール目掛けてダッシュし、気が狂ったように唸って飛び掛った。
『はい。決定しました』オイはその後、冷静さを取り戻すべく、反省する事になった。こういうタイプの訓練はすっかりやらないのだけれど、するしかなければ、する。
その静かな反省の時間の後、一連のオイの野望・悪のウィルスは沈静化して、やっと『可愛いオイ』に戻ったように思う。
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