愛想無しの犬を良しとする その5
紆余曲折、依然ブレはあるものの、ようやくオイと自分の、「身の丈に合った暮らし」が掴めてきた。
お隣の黒ラブ・ルパンとオイは、殆ど同じ時期に外飼いになった(オイは悪天候時と夜間は室内)。
熱心にシツケされ、過保護・過干渉のままで暮らす犬と、そうか、俺は外で暮らすんだな、と納得した犬。ルパンの豪快でも冷静で、快活な様を見ていると、「いったい、私は何をしてきたんだろう?」
自分の心を強く安定させるための時間を取るようにした。
オイに向かい合う前に、深呼吸をし、良い状態の自分であるようにする。そのせいか、オイが不安や拒絶、怯え、あるいは生意気さのある目で見つめ返してきても、悲観的な感情の伝染や、怒りを覚えることが無くなってきた。正直に素直に自分の気持ちを現しているオイは、それはそれで良い。
愛想の無いどころか、「あなたが嫌い」と伝えってくるオイであっても、その感情には同調しない。
最近、ある場所で、子宮や周囲の臓器がとても冷えていると驚かれた。子宮が凍えているなら、心も乱れていて当然だろう。「温めてあげるね、子宮。お前も私の大切な1部だよ」 心と身体の関係も、同じように感じてみるようにしている。
フリスビーで足の間をくぐっただけで、悪のウィルスをあっという間に増幅させてしまうコである事。その下地として精神的な脆さがある事。それとは反対に、作業中(遊び)は、影のように寄り添って、健気で情熱的なコである事。これらを考慮しなければならない生活ではあるけれど、基本的に穏やかな生活をしていると、理想としてイメージが浮かんできた「オイと私の暮らし」。
それは体育界系でも軍隊系の暮らしでもなく、一昔前の、農家の軒先に飼われていた犬との関係。柿の木に繋がれて、縁側の前でウトウト昼寝をし、たまに「もうすぐ雪になるかねぇ?」「お前は呑気でいいなぁ〜、オイや」 何て声を掛けられて満足気な犬と人の暮らし。
人の関心を引かずとも平穏で暮らせる犬の幸せ。丁度良い距離感、温度。人間と犬。自然。
オイは少しずつ、伸びやかになってきました。
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