客人と犬とその狭間の飼い主
客人が泊った日の前日は吹雪だったために、まる2日間、オイは、ケージの中で過ごした。
特に客人が来てからは、子ども達に騒がれないように、隠れるように排泄を済ませては、またケージに戻る。真夜中に庭で風に当たったり、ほんのひと時を外で過ごした程度。
子どもはどうしても犬が見たいとせがむので、「子どもが嫌いな犬で、吠えて噛み付く」と予め宣言しておき、最初とお別れの挨拶だけをさせた。(嘘を指摘されずに、助かった)
「動くと、即座に噛み付くからね」と言い聞かされ、固まっている子ども達を、オイはまず不仕付けに嗅ぎまわした。それをたしなめられると、私の足元に隠れて座った。最近、こんな風に都合が悪いときには、私の脚を楯に使うこともある。
(話は飛ぶが、オイはダンナに呼ばれて、「起き上がるのも、面倒くせ〜な」、と言う状況になると、まるであたかも、「この人に“待て(動くな)”と命令されてるんすよ。仕事中です」と言うように、ダンナを避けて、私の顔をジ〜ッと見つめる。ここら辺の演技が絶妙。ダンナ、「けっ。また邪魔なお前か?」苦々しく私を振りかえるけれど、その足元でまだ私を熱心に見つめ続けてる。仕方ないから、「そうだよ〜。良いコだよ〜」と調子良く合わせて、フォローを入れてやる)
ウチを訪れる客は、皆が皆、オイを見て「可哀想」と言う。
例外が無い。暗くて寒い納戸のケージの中で「閉じ込められている犬」を見て、温かなリビングのソファの上でくつろぐ犬を「当たり前」と思っているなら、それも当然だろうと思う。お茶を飲みにやって来たT蔵(敢えて呼び捨て)は、私が宅急便の代引きに呼ばれている間に、オイをケージから勝手に出していた。
「バカに弄られると、犬はバカになる!」と引き離して怒ったけれど、やつにはその意味は判るまい。
猟師とか、プロの犬だと周囲も一目置いて一線を引くが、何てこともない普通のオバサンに飼われた平凡な犬とは、世間との折り合いが一番やっかいな立場に置かれる。

子ども達が帰った後、オイは雪の上に残った、よそ者の匂いを、いままでにないような勢い取って、ストレスを発散させたようだった。
私(1人)が見送りを済ませて、帰宅した時、オイはダンナとリビングでリラックスしていたけれど、迎えに来たその顔が、分離不安の「えばった」文句言いの、イヤ〜な顔になっているのが見てとれた。
しかし、それでも、まぁとにかく、今朝、軟便(しかも、とても臭い)をしたけれど、よくこの程度であの神経質で理解力の低い犬が持ちこたえてくれたと思う。
さて、非常時は過ぎ去った。また昔懐かしい農家の軒先犬に戻られよ、オイ。雪が降っているが、氷点下にはなっておらず、久しぶりに庭に繋留する。
「ちょっと!ウチに入れて」
オイ、ケージの生活に慣れて、もう外での自立の心得を忘れている!
こ、これがオイなんだよね。
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