感謝の気持ち
1にも2にも「感謝の気持ち」が大切。
どんな相手にも、感謝の気持ちを忘れてはいけない。
・・・・そうは言っても、難しい・・・・・
お相撲さんの「可愛がり」の事件で、昔の関取が言っていた。この可愛がりを「感謝の気持ち」に昇華させてしまう者は、決して横綱にはなれず、坊さんの道がある。
横綱はいつまでも恨みで精進し、一生を終えるのだろうか?そんなこたぁ、無いよね。
坊さん派だって、傷ついた心はそう簡単に癒せまい。御仏さまの前で「○○(兄弟子の名)のバカ!アホ!さっさと成仏しろ!」木魚を叩く腕にも力が入ってしまうに違いない。
大雪の後、やっとお日様がニコニコ。暖かい。
私が非常に感謝したいお相手の方は、朝からpooを出さず、情緒面にも多いに不安が有り(雪の興奮はすごいねぇ)なので、本日は特別に外には出かけず、庭でゆっくり過ごさせている。
月曜日は、掃除の日。
振り回していた掃除機を片付けてから、私も庭に出る。
オイは私の握った雪玉やツララを齧るのが、好き。手垢も味のうちらしい。齧り付きたいオイに「座って、待て」をかけ、雪玉が溶けて崩れていくのを一緒に眺めた。暇なオンナの贅沢な時間。そして、これが訓練と言えば、訓練の日々。横綱は遠い、世俗尼僧の日々。
オイと並んで座り、ただ心穏やかに、平和に、静かに呼吸をする。
この時、情は不要。魂のエネルギーの強弱による会話も不要。
オイに背負わせた心の傷の数々がやがて癒える事。
隙を見て行なう、悪行の理由がわかる事。
上下関係のある暮らしと、まったく平等な魂。
これはちっとも矛盾しない事よ、と最近感じ始めているのだけれど、もうちょっと深く知りたいところ。

