雪飾りで装う犬。 祇園界へのデビューには程遠い。
“雪遊びは楽しいどすえ”犬の服従訓練をDVDで観た。オイと服従訓練で切磋琢磨したいわけでもなく、犬の世界そのものに、すっからか〜んと興味を失っていたのだけれど、久々にちょっぴし好奇心がうずいた。
日本のカリスマ・ドック・トレーナー、セニョールC、アメリカン・カントリーのオバサマ、ブリテッィシュ・マンと続き、今度は「(正調)ヨーロッパ・トレーニング」世界一周の旅。
トレーナーの印象は、このオジサンの住んでる屋敷に呼ばれ、夜トイレに目が覚めて、この方の肖像画の前を通らなけらばならんばならないのなら、私は泣く。(そして漏らす)
犬はジャーマンだった。
シツケ教室にで数回、まだ幼犬のジャーマンと一緒になった。(本文に関係ないけど、ただでさえも酷い状態なのに、このコが加わるだけでオイのビビリはもっと激しくなり、脚側の輪にさえ入れなかった)
あるシツケ教室の日、駐車場で車の中から、エバって吠え立てているジャーマンに気が付いた。
「ちぇ」今日もオイちゃん、最悪のおバカさん落ち決定だ〜、困ったなぁ〜と思いながら通り過ぎようとすると、そのジャーマン、叱られて、バシバシ顔をパンチされているが目に入った。この犬を指導したがった人は多かったと思う。(本文にまったく関係ないけど、オイは、その頃すでに見放され犬)
その後、素人同士の立ち話からの知識吸収によると、ジャーマンとはそうされても決して萎縮することなく、むしろ精神が活性されるらしい、との事だった。
まったく犬界のキング、ジャーマン、そこで見るくらいにしか今も昔も縁のない犬種だけれど、確かにおっとりとして、他犬の影響も受けず、やんちゃでマイ・ペースなのを見て、「神経が太い犬だ、オイと大違い(本文に関係なし)」と思った。
しかしこのヨーロップのジャーマンを観て、「お前、怖いんでしょ?怖いんでしょ?このオジサン、怖いんでしょ?」と気の小さい私には、犬の気持ちに同調してしまい(想像)、ドキドキ。私が犬なら、泣く。そして漏らす。これが「強制訓練法」と言われるものなのか、その名残を引くものなのか?
犬に与えるプレッシャーのきつさ、その後の解放でありながら解放にしない緊迫感。嫌悪感と褒め。これが服従訓練だと言われれば、「そう、その言葉に則った名称です」 素人に言葉からくる余計な混乱を何重にも引き起こしたりしないはず。
技術も面も、この動き、すぐに息のあがるオバサンには、社交ダンス並のハードさ。きっとプロ向きなんだろう。出来るものでなし。
大切なこともいくつか教えてくれたけれど、ジャーマンも気が小さいのか、たまたまそういうコだったのか?とか、オイにあれをやったらどーなるんだ?口から肝が飛び出すの間違いなしとか、まったく違うところで感心している私は、やっぱり素人らしく、それはそれで良い。
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