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飼い主の私 JO母

Author:飼い主の私 JO母
J.O.(ジャッカル・オイ)のサバンナ日記の続編。

舞台をアメリカ南部の小さな町サバナに移し、『フンッ!』眉毛吊り上げ活躍中の愛犬。前世は黒人の奴隷だったと思う飼い主が涙ながらに綴ります。

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感謝の気持ち

1にも2にも「感謝の気持ち」が大切。

どんな相手にも、感謝の気持ちを忘れてはいけない。


・・・・そうは言っても、難しい・・・・・


お相撲さんの「可愛がり」の事件で、昔の関取が言っていた。この可愛がりを「感謝の気持ち」に昇華させてしまう者は、決して横綱にはなれず、坊さんの道がある。

横綱はいつまでも恨みで精進し、一生を終えるのだろうか?そんなこたぁ、無いよね。
坊さん派だって、傷ついた心はそう簡単に癒せまい。御仏さまの前で「○○(兄弟子の名)のバカ!アホ!さっさと成仏しろ!」木魚を叩く腕にも力が入ってしまうに違いない。


大雪の後、やっとお日様がニコニコ。暖かい。
私が非常に感謝したいお相手の方は、朝からpooを出さず、情緒面にも多いに不安が有り(雪の興奮はすごいねぇ)なので、本日は特別に外には出かけず、庭でゆっくり過ごさせている。

月曜日は、掃除の日。

振り回していた掃除機を片付けてから、私も庭に出る。

オイは私の握った雪玉やツララを齧るのが、好き。手垢も味のうちらしい。齧り付きたいオイに「座って、待て」をかけ、雪玉が溶けて崩れていくのを一緒に眺めた。暇なオンナの贅沢な時間。そして、これが訓練と言えば、訓練の日々。横綱は遠い、世俗尼僧の日々。


オイと並んで座り、ただ心穏やかに、平和に、静かに呼吸をする。

この時、情は不要。魂のエネルギーの強弱による会話も不要。
オイに背負わせた心の傷の数々がやがて癒える事。
隙を見て行なう、悪行の理由がわかる事。
上下関係のある暮らしと、まったく平等な魂。

これはちっとも矛盾しない事よ、と最近感じ始めているのだけれど、もうちょっと深く知りたいところ。




COMMENT

横綱と坊主

興味深いですね。

恨みは成功への原動力ということかな?横綱になってしまえば、成功してしまえば、原動力は空回りしてしまうのじゃないかな。

恨み続けるのって、ものすごくエネルギーを必要とするだろうから、粗食の坊主ではそんなエネルギーを使うことは、肉体的物理的に無理かも、ですね。

こちらも今年は寒いです。毎朝霜柱、今年は8時を過ぎてもとけません。

kuroさま

横綱は、その地位を守るために、怨恨エナジーはそのまま必要なのかなぁ〜?
可愛がりは、自分に必要な事が与えられただけ=ストレートで単純な構造。

坊主は、俺のために心を鬼にして暴力を振るってくれた、ありがとう。きっと兄弟子も辛かったろう、とか、色々人の気持ちまで考える。良いように考えようとする。そうでないと粗食も辛い。


kuroさんはどっちタイプですか?

私は今になって思うと、どーもこういう可愛がりに対して、坊主タイプではないなぁ〜。
イジイジ・メソメソ。酷いわ、酷いわ〜の、柳の下の幽霊派。

あの素晴らしい脚側のイギリスの綺麗なお姉さんは、どのタイプでしょう?

私は坊主タイプではないです。でも、恨みを持ち続けるエネルギーもないですね〜。

まずは努力してみるけど、納得できなければなんとかそこから逃げます、きっと。

(亡くなった力士は、逃げられなくって、本当に気の毒。あれは可愛がりでなく、殺人。)

っでもって、一時過ぎると忘れちゃう、ですね。ああ、そういえば、そんなこともあったかも、なんて。忘れっぽいんです・・・。

恨みを持ち続け、それを成功へのエネルギーにした人は、可愛がりに理屈をつけて、同じことを他人に対してするのでしょうね。そうじゃないと、可愛がりなんてことをされた自分の存在を維持できないでしょうから。

成功へのエネルギーなんかにしないで、逃げるか、あとからいじいじするかが、普通ですよね〜。

あの綺麗なイギリスのお姉さんは、とてもプライドが高いから、恨むなんてこともしないと思う。自分が一番だと知っているから、可愛がりに耐えることもしない。

顎をつんと上げ、鼻の下から可愛がりをする人を見下し、しかも哀れむことすらできるのかも。

kuroさま

私も、幽霊派ではありますが、考えると面倒くさくなって
『もう、いいやい!』と放り投げたくなりますが、どーも本人の意識の中では解決されたような気であっても、そうでない事もあるようで、嫌ですねぇ〜。

確かに、怨恨エネルギーを摩り替えて『愛』とは言いたくないもんだ。でも実際、精神の不安定さからヒス起こしてるくせに、子どものシツケのために!なんて称しちゃったり。イヌにも同じですよね。

あのイギリスのお姉さんの演技は、まるでイヌと胎盤かへその緒で結ばれているみたいで、凄いです。驚きました。

あのコピーを私とオイとでやったら、パロディになって笑い取れるかも知れません。(あれ?これは可愛がり?イジメ?どっちだろう。まぁ、相手にされなきゃ、別にいっか)

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