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飼い主の私 JO母

Author:飼い主の私 JO母
J.O.(ジャッカル・オイ)のサバンナ日記の続編。

舞台をアメリカ南部の小さな町サバナに移し、『フンッ!』眉毛吊り上げ活躍中の愛犬。前世は黒人の奴隷だったと思う飼い主が涙ながらに綴ります。

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スピリチュアル・メッセージを受け取る (その1)

私は『気』を強く安定させるために、とある場所を訪れました。
(今日は語り口調もスピリチュアルらしくいきます。← バカ)

そこでお会いした方に、意外にも、オイの気持ちを読んでいただけることになりました。私はスピリチュアルな世界も信じますが、伝道士に関しては、こちらの世界も玉石混合だと思っております。受け止める自分次第というものの世界だろうなぁとも。

しかもそういう手段で犬の気持ちを聞くことは、あくまでも断片的な情報であって、犬の本能・特性を配慮せずに、飼い主が彼らの言葉のそのままに行動することは、あってはならないと危惧する派です。

以前、サバンナ日記にもアニマル・コミュケーターから、『クリーム・チーズを死ぬほど食べたい』という犬の希望を聞いたからと言って、それを叶えたりしないでしょう?と書きましたが、すべて基本はそこにあると思うのです。

しかし、今回、オイの気持ちを読んで伝えてくださった方はですね、(ACではない)実に飼い主の私に『考えさせるメッセージ』を送ってくださったのです。非常に意味深い(泣ける)結果が出たので、書いてみます。

直接的には、オイのことなど関係なく訪問したものですから、写真一枚お見せすることなく、それは始まりました。彼女は時折、私に触れるだけ。でも頭から足先まで、輪のようなものが膨らんだり、縮小したりしながら降りていく感触がありました。

まず、オイの前世から。
森の中に生きていました。人との接触はまったく無く、人の残飯を漁ったりして、生きていましたね。遠吠えのような、雄たけび?をよく上げていました。野犬かしら?

で、その時代も『幸せだったよ!』と言っています。今、庭で繋留されていることも、全然、問題無し。家の中にいるより、外の風に当たって、気持ち良いそうです。繋留飼いを負担に思うことはありませんって、オイちゃん自身がそう言っています。

このコは、とても冷めたコですね。
飼い主さんの事を非常に冷静な目で見ています。大人の付き合いを望んでいるようです。自分を構っても良いが、ある程度のところで、やめて欲しい。遊びたかったら、自分は自分で遊ぶからいいよ、放っておいてと言っています。前脚を重ねて伏せて、1人で、のんびりしてる。ひとりの生活で満足だそうです。
飼い主のあなたのことは、『好きでも嫌いでもない』
家に人が帰ったとき、とても嬉しそうにしますね?
『だって、そうすると、あなた達、嬉しいんでしょう?だからそうしてあげてるの』とニヤっと笑って言っています。

質問 : 訓練と称して、私がやっていることをオイはどう感じていますか? 耐えられない苦痛でしょうか?

それがですね。もうこのコは達観しているのですよ。『私のために頑張ってくれているのね、私のために、自分も辛いけど、こうしてくれているのをわかっているの』そして、『そういう頑張ってくれてるあなたのために、私も付き合うよ』と言っています。

質問 : 私は自分の気分のようなものが『谷亮子』になった気持ちの時が一番、オイの精神状態が良いように見えてますが、オイはそういう私を望んでいませんか?(注*ここは笑うツボじゃありません。マジなんですよ)

それも(訓練と)同じです。そうしているあなたに、“こういう場合は、こう対応する私”だと嬉しいのでしょ?ならば、そうしますよ、と言っています。出来るだけ飼い主さんの心に応えるつもりのようです。あなたの頑張りに対して、オイちゃんの本心は『そんなこと、しなくていいのにね』であるようです。

質問 : 私の元にオイが来た意味
あなたが不安定な時期に、あなたを救うためにきてくれました。オイちゃんが来る前、自分の世界だけに閉じこもろうとしていたのを外界に連れ出してくれました。オイちゃんが居てくれた生活の方が、良いですね。

質問 : オイが今一番したいこと
森に行って、草木の匂いを嗅ぎ、小鳥の声を聴きたい。(森で暮らしたいのか?) でも放し飼いはダメです。

ここからはオイの質問ではなく、自分に届けられたスピリチュアル・メッセージの中から、オイが関っていると思われるものをいくつか抜粋。

『あなたは、人間の感情というものを学ぶために、この世に産まれてきました。わからない、わからないのね。人の感情が判らないので、それを身を持って経験するためにこの世にいます』(ここで、笑えた・頷けたあなた。あなたは事情通です!(笑))
『愛することは、甘やかすことではありません』

『あなたはオイちゃんが何か芸をして応えてくれるのが、愛の表現だと思っていませんか? ただそこにオイちゃんが存在してくれるだけで、愛を感じませんか』


うわぁ〜!やられたっ!




COMMENT

なるほど〜♪

奥が深いですね〜。

でも、その方のおっしゃりたいことは何となく伝わってきますね。

「まずは、生きていることが幸せね(保護団体系)」、「飼い主との共同作業や信頼関係が幸せね(躾・訓練系)」等々、どれであっても、犬は人間の(気づいていないところまでの)深意を見抜いてスポンジのように吸収してくれているんだってことですね。

そこに絶えず、自覚的であることが大切なのかもしれませんね。

見てくれは、放任主義と管理主義というように、かなり違っているように見えるけれど、放任主義であっても犬に依存なし、あるがままを愛することができるという状態と、管理主義のなかに、犬への依存と、「こういう犬は愛せるが、こういう犬には愛情をもてない」という取捨選択や価値観がある状態、いろいろあるわけでして、見えている部分だけで物事を感じるのではなく、深いところが大切って思いました。

深いですねぇ〜。

二ケ母さま

考えさせられました!
犬のことを、この犬の個性だからで片付けるのは、あまりに人間の傲慢だと思っています。
しかし、この方のニュアンスでは、甘い言い方になりますが『神様の前には、犬にも個性がある』ということではないか?と感じました。なので『悲観しないで』というニュアンスが多々ありまして、救われました。

犬はそこまで人の心の深層を読んでいるとしたら、こりゃ〜、どの訓練士さんが語るよりも、難しいことを、垣間見てしまったような気がしますわ。
犬に対して、人間がやってることに正解も不正解も無いのですね。目に見えるものなど、本当に情報の1部でしか無いということに、納得です。

しかし、実像のオイは、ここで語られるイメージよりも、姑息で、(まぁ、確かに勝手気ままな、自由を好む犬ですが)今朝も、ちゃんとやれよ!と、言われてます。(笑)

自分を何とかして、オイの冷めた心に風穴、開けたいのですがねぇ〜。


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