スカーレット・オイのサバナ日記

オーストラリアン・シェパード - 悪行は風と共に去らず-
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犬の矯正、その前に その5

2007/06/18 10:02 

リーダー(上位の)犬の『意図・命令』を察して、下位の犬が動く。
下位の犬の『意図・命令』を察して上位の犬が動く、そんなわけありません。(以下、文章の全てに“私は思う”を付けてくだされ)
アイ・コンタクト下だって、下位犬から、リーダー犬に注がれるもの。

犬はリーダーの意志を感知し、それに応えることに元々優れた生き物であることは間違いないのだと思います。そして、これが嘘なら使役犬は、この世に存在しないことになる。

私は狩り犬の訓練を、かつてシマにしていた河川敷で見学した事があるけれど、あれだけ本能剥き出しで鳥を追った犬が、獲物を目の前にしても、最後には静かにハンター(?)の到着を待つ。
家畜を追ったオゥシーも、やっぱり同じでしょう。飛び掛かっても、吠えても、大切な家畜を傷つけたり、自分勝手に走り回るなんて、許されやしませんわね。使役犬として強化されてしまった本能でさえ、もっと強い1つの本能が、それを押さえ込むことも可能なのだわ〜と思うのです。
そして、その本能とは、全ての基本、一も二も無く、上(リーダー)に犬は従う、だと思うのです。

で、あればです。もっと本能を押さえ込まれた、穏やかな暮らしをしているはずの家庭犬が、人の気持ちに沿わないのは、なぜ、なぜ、な〜ぜ? なぜシツケに苦労する?
どう考えても、それは犬が人間に大して敬意を払っていないというのが、筋と思います。あるいは、リーダーに従えないほどの危機的状況にあるのか。

ところで犬の矯正を行なうとは、訓練所に預けるのでもない限り、犬を悪くした張本人が行なうことになります。
『リーダーにならねば!』と気づいたところで、その日を境にまったく別の人格になれるはずもなく、同じ人間が日々の変化の中で行なうものです。

人間に対して敬意も払わず、適当に同調し、適当に小馬鹿にして生きてきた犬も同じことです。『座れ!』と命令されて、内心毒づいているやも知れん。うるさいなぁ〜。アホくさ。はよ食べ物、用意せんかいっ!ワレ〜、とかね。

なので、ワガママ一杯に甘やかされて育ったコに、古臭い言葉ですが、『諦め』 『我慢』 『忍耐』 『義務感』を少しずつ培ってやる必要があります。犬にだらしなかった人間の方も同じ。双方にとって土台・基礎の下の土ならしと呼んでもいいのかも知れません。

私は昨年、トレーナーさんのアドバイスを受けて始めたことは、まず僅かな時間からの犬の繋留と停座訓練(座って動かないこと)でした。
犬に大きな負担をかけることなく、少しずつ自分のワガママが通用しない事を悟らせ、序所に強い精神力を身につけていくこの方法は、私達双方に非常に思いやりのある方法だったと思っています。
(*しかしこの方法であっても、犬を混乱させたり、あるいは犬の努力を水の泡にするような行動を人間は取ってしまうことも多いので、やはり専門のトレーナーの指示を仰ぐのが、一番良いように思います)


総さらい | Comment(19) | Trackback(0) | Top ▲

コメント

動物の、特に生存に必要な本能的な行動には、「内なる報酬」が有ると言います。つまり、その行動をすることで、得られる結果に関わらず、その行動自体が、その動物に「いい気持ちになる」ことをもたらす。

食べ物を得る捕食行動が「嫌な仕事」であったら、その種はすぐに途絶えます。捕食行動自体が、動物には「楽しい」仕事であるはずなのです。しかも、結果として、食べ物を得られることも有る。

得られないことも有る、でも、繰り返す。

狩りに失敗しても、失敗しても、また狩りに出てゆく、そのモーティベーションはどこから来るのか?狩りに出かけること自体に「内なる報酬」がある、つまり、気分が良くなる楽しい仕事であるはずなのです。だからこそ、エネルギー効率的に見て、非生産的と思える様な確率の低い狩りにも、動物は嬉々として出かけてゆく。

嫌な仕事であったのなら、その動物は、むしろ、最小限の行動(エネルギー消費)で得られる食料だけで生存できる形に、長い年月の間に進化していったことでしょう。

生殖本能に従う行動も、また「嫌な仕事」であるはずがありません。嫌な仕事であれば、その種は途絶えます。

危険回避行動ですら、必死で逃げる、必死で走ることが、その動物にとって、アドレナリンが出て、気分の高揚する行動であるはずです。

ですから、本能に根ざした、「内なる報酬」を含んだ行動を利用した使役犬の行動制御が、本能を押さえよう、押さえようという意図を持ったタイプの家庭犬の行動の制御よりも、難しいということはないと思います。

捕食本能を利用した使役犬のトレーニングのほとんどは、その捕食行動パターンを利用し、しかも、ほとんどの場合は、ブリーディングによって、必要な行動パターンを強化しています。ですから、その行動パターンを利用して物事を考えれば良いわけです。

むしろ、特に純血種の、行動パターンを刷り込まれて生まれてきた、その本能を押さえ込もうとする方が、ず〜〜っと難しいのではないでしょうか?


No:173 2007/06/18 21:29 | kuro #WV4V227MURL[ 編集 ]

家庭犬の方が難しいのか〜

kuroさま

(私の思うことですが・・・・小さな声で・・・・
生存に必要な犬の行動に『内なる報酬・快・良い気持ち』が裏打ちされているとなると、それではリーダー、(ただの上位犬でも良いのですが)、そういう犬・人に従うことも本能の中で同じ快感が発生すると考えて良いわけですよね?

そして強いリーダーに押さえ込まれる、これもリーダーが強ければ強いほど『快感』ってことなのだと思うのですよ。安定した食生活・安全な暮らしが下位犬の最大の要求だとしたら、これを満たせるほどの素質に満たされたリーダーに押さえ込まれることなんか、最高なんでしょうねぇ。ここなんですよ!多分、犬との暮らし方とのポイントの1つとは・・・・・と私は思うのですが、しかし自己完結なので、スルーして下さい(笑))

犬の本能を強化するより、押さえ込む方が、ずっと大変だとは、私もハイ、まったくそう思います。
(同じ)私がするのに、家庭犬であるオイに吠えない、飛び掛らない、興奮しない、という本能を抑えさせるシツケをするよりも、テキサスの牧場でバリバリ本能に沿わせて、ワーキングドックのコを仕込んだ方が、難易度が(比較的)低いということでしょうか?

本能に基づいた行動・暮らしで欲求を果たしている生活が根本にある犬の行動制御。あるいはその訓練。
VS
あまり本能を強調もされる機会もなく、のんびり暮らしている犬のシツケ、行動制御。(しかし内なる本能の欲求は消えてはいない)

そうか〜。なるほど。もう1度考え直してみます。

使役犬を作り出してしまったことから、神様が創ったモノを勝手にいいのか?ってところで、人間の『業・1号』。
そういう特性の都合が悪くなったところを、迷惑だ、問題行動だ言うのも『業・2号』。
ならば不要な本能を徹底的に押さえ込んでやるのも『業・3号』で、挑戦というより、償いなのかなぁとも思いますが、しかしまぁ、難しいですね。





No:174 2007/06/19 01:50 | JO母 #-URL[ 編集 ]

(これも私の素人考えなので、小声で。。。)

>安定した食生活・安全な暮らしが下位犬の最大の要求だとしたら、これを満たせるほどの素質に満たされたリーダーに押さえ込まれることなんか、最高なんでしょうねぇ

ここの部分、自分の犬達に関して言えば、JO母さんの御意見に全く賛同です。
犬というのは、ほとんどどの犬も、大なり小なり『Mっ気』があるのではないか、というのが私と夫の共通した感じ方です。
うちは猫もいますので、対猫比、ってことになりますが。

ただ、それじゃあうちの犬達に実際『押さえ込まれている』という実感があるのか、、、というと、ちょっとそれもピンとこないのです。

強い(これはイコール、怖い、ということでは必ずしもないです)ボスがいて、その群れの構成員(つまりは下位メンバー)として自分達がいる、ということが、あまりにもナチュラルで、それ以外を知らない、という状況においては犬達には『自分達は押さえ込まれている』という感覚はないように感じるのです。

それと、話しは変わりますが、作業犬を家庭犬として飼うということ。

これにはとても大きな『業』を感じます、私も。

特に我が家の場合は、『ガードドッグ』ですからね、もともとは。

でもそれすらも、犬の適応力、というか素晴らしい環境順応能力によって、『もともとの本能を押さえ込んでいる』という感じは、ほとんどしないレベルになっているように感じます。

いずれにせよ『押さえ込んでいる』『押さえ込まれている』とう感覚が、犬にも飼い主にもまだあるうちは、本当意味での『ボスと、その群れの下位構成員』とはなっていないように思えます。


No:175 2007/06/19 11:02 | 空花 #L4eHv7zQURL[ 編集 ]

表現が難しいのぉ〜

空花ちゃんへ

そう、そう。私もそう思う。
そういう犬達には、そんな『押さえ込みされてる』的な感覚はないのが正しいのだと私も思う。でも、それだと話はもっとわかりづらいので、私の愛犬で話を。小声で。(笑)

現在のオイは、ハードル跳ばしたり、ボール遊びしてあのコの本能全開でいる時にゃぁ、それこそ、Mではないかと思う。そうとうの押さえ込みをされても、ますます燃えてくる。
そして、なんとなく恥ずかしいから更に小声で言うけど、2人で遊びに炸裂した後は、私にピタッと寄り添っていらっしゃるの。あの方。

これを見ると、オイは

強い本能で、ガンを追う。ここに犬の満足あり。
ゆえにガンを襲わない、人間に従うという本能も同時に自然に強化される。本能を活かして人間と働ける犬は幸せ。
人間が犬のために成すべきことは、彼らの本能を出来る限り活かすこと。

を臨時・仮想ながら、やっている。
しかし私の持論は

強い本能で、ガンを追う。それは本能との戦いであり、犬には葛藤である。
ゆえにそれを納得・諦めさせれるほどの人間と働ける犬は幸せ。
更に付け加えるなら
そういう能力に恵まれない人間がなすべきこととは、彼らの不必要になった本能を出来る限り抑えてあげること。

これ、どっちかなぁ〜?
デカワンに訊いてきてくれませんか?(笑)


No:176 2007/06/19 12:55 | JO母 #-URL[ 編集 ]

本能ですか?

「犬は強いリーダーに従う本能をもっている」ということですか?そういう習性を持っているとしても、それを、本能と呼ぶに相応しいのか・・・?

それを本能とすることを肯定したとして、では、群れのリーダーになってしまった犬は、本能による欲求を満たされる事無く生きてゆく、という事なのかしら?


・・・群れって、本来は、犬の群れですよね?

つまり、群れのリーダー犬は、強いリーダーに従いたいという本能を押し殺して生きてゆかないといけないという事になりますね・・・?

それとも、犬は、ヒトと一緒の生活という形態を本能的に刷り込まれている動物、と解釈でしょうか?


世界中の犬の中には、多くの、ヒト社会の中につかず離れずに生活しているビレッジ・ドッグスと呼ばれる犬達がいます。テレビで、東南アジアとか、南米などの町が写ったとき、町中を自由に歩いている犬たち。時には、アメリカ大陸などで、捨て犬がゴミ捨て場などで生き残り、ビレッジドッグ化することもあるらしい。

この犬達は、別に、ヒトの指示をあおいで生きているわけでもなく、かといって、原野に暮すわけでもなく、ヒトの生活圏から離れて行かない。食べ残しなどをあさって生きていて、時には、オオカミやほかの犬族とも交雑しているとの説もあります。

「犬には強いリーダーに従いたいという本能が有る」ということだと、特に、群れを作っている様子もないし、特に特定の人と結びつくこともないこういう犬たちでは、その本能はどこに行っちゃっているのだろう?

先進国などのペットとして飼われ、人間と擬似的な群れを形成している(と人が主張している)犬達の方が、少数派だったと思うのだけど。


No:177 2007/06/19 21:06 | kuro #WV4V227MURL[ 編集 ]


*犬は強いリーダーに従って生きる本能を持っていると考えます。
*リーダーを持てないリーダー犬は不幸と考えます。

*犬に人と一緒の生活という形態が、本能的に刷り込まれているとは考えません。

このビレッジ・ドックが人間に付かないのは、人間を得体の知れない生き物と思っているのでしょう。
しかし、この犬達は、人間に依存して生きています。人間を利用し、自分達の感覚に中で一番、『快』の状況に身を置いて幸せなのだ思いますわ。

こういう中途半端に人間に依存した犬でなく、まるっきり野生に犬を帰せば、やはり犬はそこで群れを為し、強いリーダーに惹かれるという原始的な本能に従って生きると思います。

そこの犬達が群れを結束しないのは、必要がないからではありませんか?繁殖できる程度の食べ物とがあって、取り立てた危険も無ければ、似たようなレベルの犬達が、敢えて争ってまで、順位付けをして結束する必要もない。
群れは生きるために為すものであって、基本的に楽しいから、面白いから為すものでは無いのでは?と思います。

それにこのビレッジ・ドックの生態が犬の生態の全てであるとすると、野良犬と野良猫の違いというものが、存在しないことになる。

オイも前世はビレッジ・ドックだったのではないか。ものすごくこの種の犬の特性にフィットします。見ていただければ、わかります。だはは。

家庭犬とは有無を言わさず、人間との群れに置かれてしまった犬です。人間に依存しているという意味では、ビレッジ・ドックに似たような行動もしています。

人を得体の知れない生き物だなぁ〜、人は自分を混乱させる迷惑な存在だなぁ〜であっても、餌のために従います。(これを一番利用するのが、『食べ物を使ったシツケ』ですよね。ビレッジ・ドックの習性を利用してる)

しかしリーダーとして歴然とした、矛盾の無い人であれば餌などなくても犬は従う。強制的に入れられてしまった異種の群れの中でさえ、強いものに従いたいという原始的な本能を持って生きている。

ここ、ここがkuroさんのなぜにそうなるの?で意見が一致しないところなのでしょうが。
要は『自分の説にいい所取り!』というのでしょうかね。 

私の言いたいことを一番判りやすく言ってしまうと、家庭犬の中にもビレッジ・ドックのような生き方をしているのは、ごまんといるのですわ〜。


No:178 2007/06/20 12:28 | JO母 #-URL[ 編集 ]

上の私のコメに訂正と追加

>群れは生きるために為すものであって、基本的に楽しいから、面白いから為すものではない
を、
犬にとって必要もなければ、群れなんて、意味も成さないものなのかも知れません に訂正。

しかしこのビレッジ・ドック同士のそっけない関係の中にも、やはり優先順位があるのではないかしら?を追加


No:179 2007/06/20 16:18 | JO母 #-URL[ 編集 ]

こんにちは

このブログは熱い!
飼い主の犬に対する愛情が満ちていて、読んでいて、自分を反省します。
さっきまで、仕事と称して喫茶店へ行って、ケーキ食べながら漫画読んでましたよ。2冊も。
で、あー、若い男といちゃいちゃしてえなー。なんつって、
ベルの存在は山のあなたへいっちゃってました。(下品!)

私、N先生の訓練に参加したことがあるんですよ。
N先生の犬を見て、本当にもうびっくりしたのが、
犬はN先生が、大大大好きなのです。
目がハートマークなんですね。
で、先生の命令は、全て「楽しいこと」のようです。
好きな人の命令は「好きなこと」になってしまうのではないでしょうか。

「嫌がる労働を強いる」「押さえ込みされている」
という状態は、N先生と犬の間にはないんだろうと思います。

あれを生で見ちゃうと感動しますよ。本当に。
当然、私は「見た」経験があるだけで、全然ベルを飼いこなせてないから偉そうなことはいえないんですがね。


No:180 2007/06/20 16:47 | MASAKO #195Lvy4YURL[ 編集 ]

愛情には満ちていないの〜

MASAKOさま

おはようございま〜す♪

う〜ん、犬のことをいかにも愛しているように語って、人を騙す危険人物と言われた私ですので、(多分私だねぇ〜)、気をつけてね。

確かに私のオイへの気持ちは、ビレッジ・ドックに残飯を与える一般市民、その1です(笑) ダンナがその2。
何もないのよ〜。

N先生はこの世で一番犬の真実に近いのだろうなぁと今でも思っています。

しかし犬に惚れている人とは、先生と思考・手段が違っていても、やっぱり、それなりに犬と充実した暮らしをしているとも思います。私はやっぱり、惚れていなかったんだなぁ〜。

私は以前の自分自身に、これなら気が付いたか?おまえ!と言いたい気持ちと、犬のシツケに泣きべそかいてる誰かの目にでも偶然止まったならば、捨石にしていってぇ〜と思って綴っていますが、虚しさの空回りですので、そろそろ止める。

その後は、暇つぶしに喫茶店に行って、ケーキ食べながら、マンガ本読んで、アベックのイチャイチャを詳細に観察して、ブログ記事にするの。


No:181 2007/06/21 10:07 | JO母 #-URL[ 編集 ]

馬鹿野郎!ガチャン!(ちゃぶ台ひっくり返した音)
いかん!そんな、いちゃいちゃ日記に転換なんてしちゃいかん!

この日記は、ものすごく社会的意義があるんだぞ!
N先生になんと叱られようと、この日記は日本中にあふれる
「犬好き好きストーカー飼い主の馬鹿日記」に一石を投じたと思う!

他人の私がとやかく言うことではないと思うし、そんなこと言うならお前書けよ。って思われるでしょうが…。


No:182 2007/06/21 14:16 | MASAKO #195Lvy4YURL[ 編集 ]

本能の意味が、食い違っているのかも

JO母様、こんばんは。


ビレッジドッグが群れを形成しないのは、群れているより、自分一人である特定の人間についている方が、食べ物の分け前が多いからだと思います。必要無い、のではなく、群れない方が良い。

じゃあ、そういう犬は人と群れるのか、というと、そうではなく、ビレッジドッグの場合は、おそらく、ヒトが食料を供給できなくなったり、よりよい食料供給減を見つけたら、さっさと他の人や場所へと移動するのでしょう。

ビレッジドッグ同士は、互いに競争関係にあると思う。より良い食料供給源を確保する為には、互いに牽制しあっている。群れていないのだから、群れのなかでの優先順位ではなく、食料供給減に対する権利の主張、という意味で競争関係。

第2時世界大戦後に、狂犬病予防に関する法律がでて、犬は飼い主に所属せにゃあかんという事になる前は、ビレッジドッグが日本中にいたと思います。野良犬、野良猫というのは、人の社会が決めた用語ですし、もし日本の法律が人に所属しない犬の存在を否定していなければ、この日本でも、野良犬ではなく、ビレッジドッグが存在している事になると思います。

犬族の中で、オオカミや、リカオンや、コヨーテや、ジャッカルや、その他諸々と私たちの犬が違うのが、この「野に放ったときに、人の生活圏を自分の生活圏として選ぶかどうか」なのではないかと思うのです。犬族の中で、人の生活圏での生きるすべを身につけるように進化したのが、「犬」なのだと。(ある、生物/動物学者の説からの受け売りではありますが)

そんなビレッジドッグが、何かのきっかけで家畜でもないのに、人ともうちょっと近い関係で、一緒に生活するようになった。使役犬として、あるいはペットとして、あるいは、使役犬且つペットとして。ここのところが、犬が特殊なところですよね。


ええと、もしかしたら、「本能」という言葉の定義の仕方が違っているのかもしれないですね。

ウィキペディアによれば、
「本能とは、動物(人間を含む)が生まれつき持っている、ある行動へと駆り立てる性質のことを指す。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E8%83%BD
私は、この意味で使っていると言っていいと思います。

犬は強いリーダーに従って生きる本能を持つ動物という事であれば、リーダーは辛い、の前に、リーダーになる犬などあり得ない、という事じゃないかしら?本能的に、誰か、自分より強い他者を求める個体は、リーダーとしてふるまわない、それが、「本能」の定義(行動学的)じゃないでしょうか?だって、リーダーを求めることに駆り立てられるはずです。

もし、犬がリーダーに従って生きる「本能」を持っているのなら、そもそも、自分が他者より偉いと思うことはあり得ないのじゃないでしょうか。だって、従う行動へと駆り立てられているはずだから・・・。(その場合、オイちゃんが、母様を顎で使おうとすること自体あり得ない)

先日書いた、本能的行動には内なる報酬がついてくる、というのは、行動学的な意味での「本能行動」の場合です。例えば、ミツバチの8の字ダンスとか、クモの巣作りとかの行動。

JO母さんの「犬は強いリーダーに従って生きる」というのとは、私が使った「本能」の範疇とは、ちょっと違っている様な気がします。


アベックのいちゃいちゃレポートは、もしかしたら、ものすご〜〜〜く文学的な小文になるかも、と、何となく期待してしまったり・・・。


No:183 2007/06/21 23:22 | kuro #WV4V227MURL[ 編集 ]

ビレッジドッグや犬の本能について、白熱した議論となっているようですが、6月22日のN先生のこの記事は、理屈ウンヌンと超えて、非常に本質を捉えた内容だと私は思います。

http://plaza.rakuten.co.jp/owsee/diary/200706220000/


No:184 2007/06/22 09:29 | 空花 #L4eHv7zQURL[ 編集 ]

kuroさま

私はイチャイチャするアベックを詳細に観察したいという行動に駆り立てられていますが、これは本能という定義で良いの? 違うの?
そしてこれは、エロ本能?向上心本能?
(今度、そういう私の姿を詳細に観察してみませんか?)


食べ物の優先権の獲得&種の保存のために、犬はリーダーになりたいという願望を持つと言うのは、本能ではないということ?

本能の定義から外れるとうのは、別にまったく構わないのだけれど、
しかしリーダー犬は同時に、外敵から群れを守るために、また下克上を狙う下々の犬の押さえ込みに、神経すり減らす一番辛い立場になってしまう、という、まぁシツケ本の定番のこのお話は、いったいどうなってしまうの?
これは嘘?

『生き延びるために自分より強いリーダーに従いたい』本能(?)と、『隙あれば他犬を自分に従わせたい』本能(?)の葛藤の中でたいていの犬は生きていると私は思うのだけれどなぁ〜。

う〜ん。ではkuroさんは、犬は強いリーダーに従って生きること自体、有り得ないとお思いでいらっしゃるのか?
もし宜しかったら、お聞かせくだされ。


No:185 2007/06/22 11:12 | JO母 #-URL[ 編集 ]

拝見しました

空花ちゃん

夫婦間で、当てはまることだねぇ〜。確かに。子どもと親でも言えるよね。

私だってダンナの落ち度が発覚すると、『それ見たことか!』と内なる(大いなる)快感に従って、徹底的にダンナ攻め込む。ダンナも私に同じことをやっているよ。

これが私達夫婦の本能なのか、性質、稀にみる特徴なのかは判らないけど、しかし、夫婦という気共同体である以上、ダンナ失脚とは、自分の荷を重くするのに他ならないというのに、やっちゃうんだなぁ〜これが(爆)

子は親を見て育つと言うし、犬は飼い主の鏡というなら、オイがそれを真似しない訳がないねぇ〜。あはは〜。


No:186 2007/06/22 11:23 | JO母 #-URL[ 編集 ]

今日は雨

MASAKOさま

MASAKOさま、今朝、信州は雨でございます。

こういう天気の後、お庭の雑草たちは非常に勢いよく伸びましてね。毎日30分程度の手入れなどでは、小さな我が家の庭でも追いつかないの。
そんな小雨シトシト降る中、ひとり草取りをしながら思い出しました。あなた様のお言葉。

『JO母さんちの庭って、そんなに広いの?』

これはマリー・アントワネットの『パンがないならケーキを食べればいいのに』発言に近いものがありますな。
あなたさまは、やはり私達の国の皇太子妃とも同じお名前を持っていらっしゃいますし、やはり生まれながらの女王さまなのでしょう。

ひっくり返したちゃぶ台は私が片付けて置きますが、女王サマはちゃぶ台の横に、どうしていらっしゃったのかしら?


No:187 2007/06/22 11:40 | JO母 #-URL[ 編集 ]

私が気になったのは、純粋に、「従いたいという本能」というところで、前に書いたように、、、えっ、それ、本能なのですか?っと思ったという事なのです。

>本能の定義から外れるとうのは、別にまったく構わないのだけれど、
>しかしリーダー犬は同時に、外敵から群れを守るために、また下克上を狙う下々の
>犬の押さえ込みに、神経すり減らす一番辛い立場になってしまう、
>という、まぁシツケ本の定番のこのお話は、いったいどうなってしまうの?
>これは嘘?

えっ、これ、「シツケ本の定番」なのですか?ん〜・・私は定番として認識したことはなかったです。

>『生き延びるために自分より強いリーダーに従いたい』本能(?)と、
>『隙あれば他犬を自分に従わせたい』本能(?)の葛藤の中で
>たいていの犬は生きていると私は思うのだけれどなぁ〜。
>う〜ん。ではkuroさんは、犬は強いリーダーに従って生きること自体、
>有り得ないとお思いでいらっしゃるのか?
>もし宜しかったら、お聞かせくだされ。

私は、犬と人の関係を、異種文化交流と思っています。

確かに、この人間社会での生活において、犬に関する様々な事に、我が家では私が決定権を持っています。

Do as Romans do という事です。人間社会では、犬達にとって、私が Roman という役割ということでしょうか。

そして、我が家の犬達は、それに不満を持つ事はあっても、不平を持っていない、と思っています。嫌だと表現することはあっても、彼等は嫌がって暴れる事もなく、興奮して自分で自分の恐怖を煽る事もありません。きちんと精神的に成長するまでは、未経験のことなどにバタバタとする事もありますが、それも、精神的にも大人になれば、解消される事です。

JO母様のいう、我慢も忍耐も人に必要なように犬にも必要だと思いますが、でも、それを身につける方法は、一通りではないでしょう。こうやったらこうなる、という定型文が成立するほど、単純ではないと思います。

私は不満を述べる犬は、基本的に嫌いじゃありません。心根を表現する事は、心を持つ生き物にとって、食べる事と同じくらいに大切な活動だと信じています。

ですから、心を殺すトレーニングは好きません。

(それでも、心をいじってキラキラとした眸を得る事ができる事も知っています。昔、オウム真理教の事件のまっただ中、殺害された信者の眸は、この世の物と思えないほどの透明な輝きを放っていました。)


私と犬達は、「主従関係」ではありません。

でもね、こう言って、何度批難された事か・・・。「主従関係ではない」という表現の、どこがそんなに、ある一部の犬飼の嫌悪感を引き出すのか、いまだに良く解りません。

我が家の犬達や、多頭飼をしている友人の犬たちを見ても、『隙あれば他犬を従わせたい本能』を持っているとは思えません。彼等は、もっと、互いに友好な関係を築いています。

もちろん、犬同士、互いにどうしても折り合えない犬を見た事もあります。そして、互いに殺したいと思うほどに嫌悪している犬同士が同居するのは難しいでしょう。使役犬の場合、1つの小屋などに何頭かが同居する場合、勢力争いのある事を否定しません。

しかし、それが、本能と呼べるほど、普遍性のあることとは思いません。リーダーに従いたい性格を持つ犬、リーダーになりたがる性格を持つ犬、等々はあり得ると思うのだけど。

だいたい、犬同士、何の為に争うの?ただ1つ、争う理由として考えられるのは、「飼い主に対する権利」の争いでしょう。飼い主と一緒にお仕事する権利、一緒に遊ぶ権利、などなど。

まとまりないのですが、この変で。


No:188 2007/06/23 01:19 | kuro #WV4V227MURL[ 編集 ]

そうか〜

kuroさま

きっとお疲れだったですよね、このコメント。
え?そんなこと、ない?
しかし、心から、ありがとうございました。

どこかに誤解を残し合っていると思いますが、それはいつか分かり合える日が来ますように。

ただ急いで1つ、誤解を解消しておきたいなぁ〜と思いますのは、私の言う犬同士の争いというのは、野生の群れの野生の犬をリーダーに持つ場合に、むき出しになる本能のことです。
人に飼われている家庭犬は、もっと平和主義で、楽しくノビノビと生きていますよね。おおらかに個性を尊重されて育っても、『飼い主大好き!』って育つコもいるのだろうと思います。

先日、仲良く遊びあうボーダーやラブを見ました。本当に楽しそうで、これを見てとやかく言われても、人は腹立つだけだろうなぁと思いました。
私の信じる主従関係とは、どうも過激というか、厳格すぎるような気もするのですわ。

しかし、見かけ上と違って、実は犬は飼い主が思い込んでいるほど幸せじゃない事実も一杯あると学んだつもりでいます。
もし不愉快でなければ、それを書いてみますので、読み流してみて下さい。








No:189 2007/06/23 13:39 | JO母 #-URL[ 編集 ]

ほほほ

おこんばんは。
MASAKOです。ほほ。
ちゃぶ台、片付けてくれてありがとう。民よ。
中村うさぎではありません。MASAKOです。

家事をしなくなって早5年。
確かに、肉がないなら、お寿司を食べればいいのに…
みたいな生活をしております。
とんかつ、焼肉、すしをローテーションしているな。
主食は肉と酒だし。
さすがに今日は、果物を山のように買ってきて、
貪るように食べてます。餓鬼みたいに。

しかし、住んでいる家は2DKの賃貸マンション。
皇室が決してお金持ちでないことは、紀宮の住まいを見ても明白でしょう。
1枚1000円のTシャツ着てバーに飲みに行ったら、
「あなた、もう少しきれいな格好したら?」
みたいな事を隣に座った初対面の男に言われましたよ。
ケッ!
エンゲル係数が我が家ほど高い家はそうそうないでしょうな。

故に、ちゃぶ台もありまする。
ペットボトルしか載せたことはありませんけど。おほほ。


No:190 2007/06/23 19:27 | MASAKO #195Lvy4YURL[ 編集 ]

MASAKOさま

おほほほほ。
場末の女王サマじゃないんだからね!
1000円のTシャツじゃ、違和感があったんじゃないのぉ〜?
私はかつて、お洒落こいていったバーで、隣に座ったオトコから話しかけられて、挙句、飲み逃げされた経験があるけれど、今では楽しい青春の1ページですね。

民の主食は炭水化物。
ジャーの中の米が黄色くなってきますが、それを黙々と食べても平気です。こういうところに脈々と私に流れる農耕民族の血を思います。

ムシャムシャお召し上がりになっている果物は、宮崎産の完熟マンゴー8000円なんでしょうねぇ〜、きっと。と私の中のMASAKO像を壊さないようにしておきます。



No:191 2007/06/24 11:59 | JO母 #-URL[ 編集 ]

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飼い主の私 JO母

Author:飼い主の私 JO母
J.O.(ジャッカル・オイ)のサバンナ日記の続編。

舞台をアメリカ南部の小さな町サバナに移し、『フンッ!』眉毛吊り上げ活躍中の愛犬。前世は黒人の奴隷だったと思う飼い主が涙ながらに綴ります。

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